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【her story vol.63[後編]】繰り返す流産と、どう戦い、克服したかを話すのが私の役目

コラム 不妊治療

【her story vol.63[後編]】繰り返す流産と、どう戦い、克服したかを話すのが私の役目

【her story vol.63[後編]】
1人目を自然に授かった私が不育症?
何度も流産を繰り返しても諦めなかったから、2人目の娘と出会うことができました。

2020.2.26

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妊娠、流産を10回以上繰り返したサチさん。
不育症が原因と突き止めて、子宮内フローラも改善し、ようやく2人目不妊から卒業……
でも、その後に、命をかけた壮絶な出産が待っていました。


※2020年2月25日発刊「女性のための健康生活マガジン jineko vol.45 2020 Spring」の記事です。


 


1冊の書籍との出合いが、つらい2人目不妊の希望に


「1人目が自然にできたから、2人目もすぐにできる」と信じていたサチさん(40歳)とタケシさん(41歳)。ところが流産を繰り返し、転院しても治療法を変えてもまったく実を結びませんでした。

原因を突き止めたいと考えていたサチさんはある日、通院していた大学病院の書店で横浜の不育症専門医が書いた書籍と出合います。
主治医に相談すると「検査を受けに行ってみませんか?」。即答をためらう距離でしたが、運よく上京する機会があったため、それに合わせて検査を受けに行くことに。

「1回の血液検査で不育症検査に必要な項目を全部調べてもらえて、不育症だとはっきりしました」


 


繰り返す流産の原因は不育症だったと明確に


流産を繰り返したのは明らかに不育症で、原因は主に抗第12因子抗体陽性。そして、第12因子活性、プロテインCとSの数値が低く、血小板も10・1万/㎣と低かったこと。そのため、血液凝固系が亢進し、胎盤に血栓ができやすい状況だったそう。
「20歳頃は血小板17万〜20万/㎣と数値が基準値だったんです。30歳を超えて低くなっているから、若い時に妊娠出産していたら、不妊不育の状況はなかったのかも」

治療法を決めるため再診が必要でしたが、さすがに通院は難しいと伝えると、メールで治療方針が。今現在受けていた低用量アスピリン&ヘパリン療法は正しかったことがわかり、不育症だと明確になったことで特化した治療法を提案してもらえたことが、横浜の不育症専門クリニックまで検査を受けに行った最大の収穫でした。


 


苦しみから抜け出せた子宮内フローラの改善


不育症治療で提案されたのは、ステロイド薬のプレドニンⓇ併用。胚移植日からアスピリンとプレドニンⓇを開始し、胎嚢が見えたらヘパリンを開始するという方法です。結果として、この治療法が功を奏したのですが、サチさんが不育症を克服できた理由はもう一つ、それが子宮内フローラでした。

北九州のクリニックの院長先生による不妊症の一般講座を聴講した後、個別相談をした際に、「あなたのような人が一番つらいですね。今、うちでは子宮内フローラ検査をしているから、すぐに来なさい」と言われて転院を決意したサチさん。もともと赤ちゃんを育てる子宮は無菌だと考えられてきましたが、実は子宮内にも菌(フローラ)が存在し、着床との関連性が指摘されるようになった頃でした。

2017年10月、7軒目となるクリニックに転院したサチさん。フローラと並行して採卵やAMH検査、卵管造影検査など、1回の受診でできることはすべて同時進行でやってくれたことに驚きます。
「基準が厳しくて、20個以上採卵できたのに3個しか凍結しないと言われた時はショックでした。でも凍結は1個ごとにお金がかかるし、可能性の低いものを使わないことこそ優しさだと気づきました」

フローラ検査の結果、ラクトバチルスという菌がほぼゼロに近かったため、サプリメントのラクトフェリンを1日7錠ずつ服用。すると、一気に数値が増え、子宮内膜も厚くなるなど圧倒的な効果を実感し、翌年8月には凍結胚移植して妊娠。それが、のちに誕生してくれるモモカちゃん。転院して1年未満で授かったのです。
「絶望しても、治療のモチベーションを保つには希望が必要。だから、早く皆さんに伝えたかった」


 


命の危険を感じた1.3Lの大出血


今までの経験上、妊娠したからといって安心はできません。5週目に入った頃、生理並みの出血があり、サチさんは「ああ、またか」と半ば諦めて大学病院の主治医のもとへ向かい、血液検査を受けます。すると、妊娠継続を示すホルモン値が高かったため即入院。赤ちゃんの姿が見えてきて心拍が確認できても、なかなか大きくなってくれず、「やっぱりダメかな」と思いながらも状態が安定してきた10週目に退院。でも、13週目に実家で大出血してしまうのです。

「一人でいた時にドバーっと出血。泣きながら病院へ電話し、指示を受け救急車を呼びました。救急車が到着した時に帰宅した親は、血だらけの家と私を見て絶句でした」
近くの病院なら40分で到着しますが、1時間半かけて大学病院へ。処置台で再び出血し、総量は1.3L。でも、奇跡的に赤ちゃんが子宮内に留まっていることが確認でき、入院して絶対安静に。完全に出血が止まるまで1カ月かかりました。

「本当にもう怖かった」
約2カ月後、自宅近くの産婦人科に転院したサチさんは、ここでも驚きの事実を聞かされます。
「赤ちゃん側のへその緒が片方欠損。私には安定期はないって言われていたから、生まれてくれるまで気が抜けませんでした」


 


最後まで諦めなかったから出会えた元気な命


お腹の中で育て続けることに恐怖さえ感じ、「23週で産みたい」「28週で産みたい」と言うサチさんをなだめ励ましながら32週、34週とじわじわ期間を延ばす作戦に出た先生。血圧が上がり、これ以上延ばせないと判断された39週での出産となりましたが、その時も1.1Lほど出血したそう。
「もともと貧血だったら、私自身が死んでいたかもしれませんね」

留まる力が強かったお腹の赤ちゃんは、出てくるまで3日を要したのち、3010gの超健康優良児で生まれてくれました。
「家族や医療スタッフ、職場の上司や同僚、そしてお腹の中にいたモモカ、みんながチームになって私を応援してくれていました。みんなの支えがあったから、出産まで頑張ってくることができました。感謝の気持ちでいっぱいです。長女には寂しい思いをたくさんさせてしまったけど、今はすっかりお姉ちゃんぶりを発揮してくれていて、頼もしいかぎりです」


原因がわからないまま10回以上も流産を繰り返した心と体の痛み、家族と離れなければならなかった数度の入院、そして大出血による命の危険。それでもなぜ、諦めずに頑張ることができたのか。サチさんはこう答えてくれました。
「子どもがかわいいからですね」
さらりと笑顔で語る彼女の姿はきっと、同じように苦しい経験をしている人の希望になるはずです。


 



出典:女性のための健康生活マガジン jineko vol.45 2020 Spring
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