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周りの人に支えられ、励まされながら… 7年間の治療を通して強くなった夫婦の絆。

コラム 不妊治療

周りの人に支えられ、励まされながら… 7年間の治療を通して強くなった夫婦の絆。

2012冬 P8

2015.6.2

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周りの人に支えられ、励まされながら...
7年間の治療を通して強くなった夫婦の絆。二人にとって大切な時間でした(後編)


男性不妊で始めた不妊治療で、フミさんの不育症も発覚。諦めずに治療を続け、妊娠に至るまでにはさまざまなことがありました。
前編に引き続き、二人のこれまでの物語です。



子どもたちと接して自分の気持ちを再確認


障害者スポーツの選手だったご主人と知り合い、31歳で結婚したフミさん。車いすのご主人が男性不妊とわかっていたため、結婚後すぐに治療をスタートしました。ご主人は、電気刺激やMD│TESE(顕微鏡下精巣内精子回収術)で精子を採取し、フミさんは抗リン脂質抗体症候群のため、採卵・胚移植後に朝晩のヘパリン注射と、バイアスピリンⓇの服用という治療を続けていました。妊娠しないまま3年が過ぎた頃、フミさんは広告で保育園での仕事を見つけます。結婚前に保育士として働いていたので、仕事をすれば気分転換にもなると思いました。ご主人も快く賛成してくれて、2008年の冬、保育士の仕事に復帰しました。そして、働きだして3カ月が経った時、園長先生から「このまま1年間続けてほしい」と話がありました。仕事を続けたいと思ったフミさんは、再度ご主人に相談。しかし今度は反対されます。「私の年齢が上がると妊娠しにくくなってしまうというのが理由でした。だから、早めに治療を再開してほしいと思っていたようです。でも私は『子どもはきっとできるから、働かせてほしい』と、少しもめました」園長先生に事情を話して相談すると、「もし仕事を優先して後悔するような結果が出た時に、職場は責任をとることはできません。だから、夫婦でよく話し合って、二人で決めた結果にしたほうがいいのでは」とアドバイスを受けます。「私一人の気持ちだけで決めることではないんだな...」そう思い直したフミさんは、仕事を辞めて、治療を再スタートする決意をしました。「でも、保育士の仕事に一度戻ったことはよかったです。この時、子どもたちと接したことで、“やっぱり子どもはかわいい、子どもが欲しい〞と、あらためて強く思いましたから」


見えてきた希望の光。しかしまた打ちのめされ...


そうして、治療を再開して2年が過ぎた頃、嬉しいニュースが飛び込んできました。同じよ
うに車いすの男性と結婚したフミさんの友人が、妊娠したのです。「知らせを聞いた時に、すごく光が見えた気がしました。彼女も私と同じくらいの期間、治療を頑張っていたので、このままいけば私も妊娠できるかもしれないと思ったんです」彼女のお腹がどんどん大きくなっていくのが自分のことのように嬉しく、またとても励みになったといいます。友人は2011年2月に出産。フミさんは希望を胸に抱いて、治療を続けていきます。その頃から、情報収集にも力を入れるようになりました。「長く治療してきたわりには、私にあまり知識がなかったような気がして、ジネコのホームページや不妊治療をされている方のブログを見るようになりました。そして、いろいろな方法があることがわかったり、毎回新しいことにチャレンジされている方がいらっしゃるのを知るうちに、このままでいいのかなと思うようになったんです」自分たちは、一度妊娠した方法を変えられずにいたなと思い、院長先生に相談。すると先生は、「思い残すことがないように、できることはすべてやりましょう」と言ってくれました。ホルモン補充周期だけで行っていたところを自然周期で胚移植するなど、方法を変えていきました。そして、その年の秋、今までの治療で一番グレードのいい受精卵ができました。「今度こそ、絶対に妊娠できるー」そう期待しましたが、結果は陰性でした。「本当に、本当にショックで...。3年前の流産の時に一度泣いて、それからまたずっと泣かずにやってきたのに、この時は家族の前で号泣しました」グレードのいい受精卵でも妊娠しなかった事実と、このまま治療を続けていいのだろうかという絶望感が混じり、涙が溢れ出てきました。それを見ていたフミさんのお姉さんが、「ここで泣いたから、次はできるんじゃない?」と言ってくれました。お姉さんは今までフミさんが泣いているのを見たことがなく、逆に大丈夫なのかと心配していたそうです。涙を流して弱い面を見せたことで、次はきっとうまくいく。そう励ましてくれた。そのことが、フミさんにはとても嬉しかったのだといいます。


たくさんの人に支えられて長かった治療を卒業


治療を始めてから7年が経ち、金銭的にもかなりの額をかけていました。「これ以上治療を続けたら、もし子どもが生まれてきても育てていってあげられないんじゃないか。今、凍結している胚を最後に、治療を諦めようかー」そんな話がフミさんとご主人の間で出ていました。この時、凍結胚は残り4個。そのうち、グレードがまあまあよい2個を移植することにしました。これがきっと最後の治療になるだろうー。そこで、万全を期すために、移植直前に子宮鏡検査を受け、最後の移植に臨みました。その治療でフミさんは妊娠。この秋、元気な赤ちゃんが産声を上げました。7年間の治療で、ついに夢が叶ったのです。フミさんは、妊娠がわかっても、すぐには実感が湧かなかったといいます。クリニックを卒
業する時、先生が「本当に長い間頑張ったね。お疲れさま」と握手をしてくれました。看護師さんたちも目に涙を浮かべて見
送ってくれました。その時初めて、本当に妊娠したことを実感することができたといいます。「私は周りの人にすごく恵まれ
ていて、いろいろな人に助けられたと思っています。治療を介して友人ができて心強かったですし、家族がバックアップして
くれたり、励ましてくれたり。夫婦の絆も強くなりました。治療はとても長かったし、つらかったこともたくさんあります
が、7年間は決して無駄な時間ではありませんでした」フミさんとご主人、二人一緒に頑張ってきて、ついに授かった赤ちゃん。子育ても二人で協力しながらやっていきたいと話しているそうです。「私たちのところに生まれてきてくれるのだから、型にはめず、自由にこの子が思うように育てていきたいと思います。治療のことはいつか話さなければいけないかなと思っています。話したほうが、この子も自分が生まれてきた道がわかり、家族の絆が強くなるのではないかなと思うのです。〝ずっと待っていたよ。私たちのところに来てくれてありがとう〞と、主人と一緒に伝えたいですね」(完)


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