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流産や不妊治療を経験して、妊娠や出産が当たり前ではないことに気づいた

コラム 不妊治療

流産や不妊治療を経験して、妊娠や出産が当たり前ではないことに気づいた

流産や不妊治療を経験して、妊娠や出産が当たり前ではないことに気づいた

2015.7.9

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6年を経て、やっとわが子に出会えた――
「妊娠や出産は誰でも自然にできること」流産や不妊治療を経験して、それが当たり前ではないことがわかりました


「いつか妊娠できる」、そんな思いで続けてきた不妊治療。やっと出会えたわが子を抱きながら、さくらさんが今までの経験を振り返ります。



9週目での流産、希望の仕事も失い...


「こんにちわぁー!」と元気な笑顔で取材場所に現れた横沢さくらさん(仮名・40歳)。その隣には、やはりニコニコと優しそうな微笑みを浮かべるご主人の健司さん(仮名・40歳)が。健司さんの腕の中では、クリクリとした大きな瞳の可愛らしい男の子が興味深そうにこちらをうかがっています。男の子は昨年の4月、この世に生を受け、横沢家の家族の一員になりました。こうしてお父さんとお母さんに出会うまで、6年間。
少し時間がかかったけれど、その分、今、家族3人でとても濃密で幸せな時間を過ごしています。健司さんはさくらさんより1学年下。共通の趣味で
あるスノーボードがきっかけで知り合い、出会ってから4年後に結婚。さくらさんが31歳の時です。「もう30歳を超えていたし、二人とも既婚の兄と姉がいましたが子どもがいなかったので、親からの“ 孫!孫!”というプレッシャーが半端じゃなかったですね(笑)。私は、それまではホテルに勤めていましたが、勤務時間や休みが不規則だったので、結婚を機に退職し、早く子どもをつくろうと思っていました」(さくらさん)欲しいと思い続けていたら、結婚の約1年後に自然妊娠。「実はその頃、ホテル学校の非常勤講師の仕事に就いていました。すごくやりたかった仕事で、やっと希望の職種に就けたと喜んでいたんです。4月に就任して、妊娠がわかったのは6月くらい。体調も少し悪くなってきましたが、授業は突発的に休めません。悩みましたが、仕事より、やっぱり赤ちゃんのほうが大事。講師を辞めて体をいたわることに専念しようと思った矢先、稽留流産してしまったんです」(さくらさん)妊娠9週目で医師から「赤ちゃんの心拍がない」と告げられたさくらさん。「とても落ち込みました。私のせいで赤ちゃんが死んでしまったのかもしれない。そして仕事も失ってしまったというダブルのショックでした。掻爬手術の後はずっと家にこもって、することもないので、“これからどうしたらいいんだろう?”ということばかり考えていました」一方、ご主人の健司さんはあまりくよくよとは考えなかったとか。「まだ妻は年齢的に若いので、僕は“次に頑張ればいいよ” と思っていました。いつかは絶対赤ちゃんを授かれると思っていたので、ここで止まらないで、次の妊娠へと気持ちを切り替えるようにしたんです」(健司さん)さくらさんも、ご主人の言葉に救われていったとか。「顔を合わせるたびに、主人は私に“まだ大丈夫、まだ大丈夫!”って言うんです。初めは体も心も疲れていたので、“そうじゃないよ”と反発していたけれど、言われ続けていたら“ああ、そうかな”って前向きに思うようになりました」(さくらさん)


人工授精を続けて12回それでも妊娠できるはず


その後、体調は順調に戻り、翌年には基礎体温をつけ始め、自己タイミングをとるようになったとか。ところが、半年経っても妊娠の兆候はなし...。「もしかしたら何か不妊の原因があるのかも」と思ったさくら
さんは、ちょうど家の近くにオープンしたレディースクリニックを受診することにしました。「子宮卵管造影や血液検査では異常なし。その時、年齢は33歳になっていましたが、医師から“まだ平気”と言われて、まずはタイミング法から入って半年間続け、その後は人工授精に6回トライしました」治療の間、さくらさんのお父さんとお母さんが続けて病気で倒れ、その看護をしたり、パートも始めるように。気がついたら通院し始めて1年、2年...と月日が経っていました。「焦りつつも、その時は“早くステップアップしなくちゃ”とは思いませんでした。私には昔から固定観念のようなものがあって、“赤ちゃんは自然にできるはずなのに、何で手を加えなくてはいけないのだろう”と思っていたんです。それに、一度は自然妊娠しているから絶対できると、変な自信みたいなものがあって。不妊の原因が不明ということも、そういう気持ちにさせたのかも。体外受精や顕微授精など、インターネットで不妊治療の情報はいろいろ見たけれど、自分には関係ないと思っていたんです。人工授精を6回以上くり返しても妊娠の確率は上がらないと言われながらも、その後も5~6回続けていました」(さくらさん)確かに自分の過信もあったけれど、同じ治療を続けていても毎回「まだ平気」としか言わず、新たな治療法も提案してくれなかった医師に少し疑問を感じ始めたさくらさんとご主人。思い切って、一駅離れたところにある、妊娠率の高さを誇る不妊専門クリニックに転院することにしました。


“当たり前”ではなくやっと出会えた赤ちゃん


「その時にはもう35歳を過ぎていましたが、ホルモン値を調べて異常がなかったので、
やはりそこでもタイミング法6回、人工授精を6回することに。その後は、先生から体外受精へのステップアップを提案されました。年齢的なリミットが近かったので、さすがに体外受精への抵抗は消え、夫も“高度な治療ができるなら頑張ってみようよ”と言ってくれたので、トライすることになったんです」(さくらさん)初めての体外受精はロング法による卵巣刺激で、採れた卵子は16個。新鮮胚を2個移植しましたが、残念ながら妊娠しませんでした。凍結した胚盤胞が3個あったので、2度目の移植では胚盤胞を移植することに。「妊娠判定の結果は陽性。もう落胆するのは慣れていたので、自分の気持ちはごまかせるようになっていて、どちらでも平気とクールに構えていたのですが、先生に“おめでとう”と言われた時は、涙がワーッと溢れてしまいました」(さくらさん)前回の妊娠では流産という結果になったので、今回は慎重に、つわりが出る3カ月くらいまでは身内にも妊娠を報告しなかったというお二人。昨年の4月、出産予定日となってもなかなか子宮口が開かず、帝王切開で出産。赤ちゃんの呼吸が弱く、その後、入院することになり、10日後に家族そろって家に戻ることができました。「子どもを産む前は、妊娠も出産も当たり前のことだと思っていました。でも、そうじゃないということがよくわかりました。こうして、やっとこの子に会えたんです。流産や不妊治療はつらいことでしたが、私の偏った考え方をがらりと変えて、より家族や夫婦の絆を強くしてくれたと、今はその経験に感謝しています」(さくらさん)




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