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数度の流産...まさか自分が「不妊症」― ! ? (前編)

コラム 不妊治療

数度の流産...まさか自分が「不妊症」― ! ? (前編)

2015年秋号(vol.27)

2015.8.4

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気軽な気持ちで受けた検査で、思いもよらないAMHの低い数値。「すぐできる」という思いで治療を始めました。


30代で結婚し、自然に妊娠できればいい、そう考えていたジュンコさんとヒサノリさんご夫婦。治療への前向きな思いを抱きながらも数度の流産と闘ってきた二人の物語を2回に分けてお伝えします。



自分に治療が必要だなんて思ってもみなかった


二人が結婚したのは6年前。看護師として働いていたジュンコさん(40歳)は、興味があって通っていた心理学の講座で4歳年下のご主人、ヒサノリさん(36歳)と出会いました。当時は、お互いにお付き合い
している相手がいたため、最初は仲のいい異性の友人同士、半年後に恋人同士として付き合うようになったといいます。
「私はもともと1~2年はじっくり付き合わないと結婚は考えられないタイプ。でも、彼と一緒にいるうちにこの人ならどんなことがあっても大丈夫、という気持ちになれて...。最初は年下だからと反対していた両親も、彼の落ち着いた雰囲気と、結婚を前提にと挨拶してくれたことで安心したみたいでした」正式にお付き合いをしてから10カ月後には入籍。ジュンコさんが
34歳、ご主人は30歳でした。結婚した当初は、すぐに子どもがほしいとは思っていなかったといいます。「恋人期間が短かったので、正直、1~2年は二人の時間を楽しみたいと思っていました。でも、彼はもともと子ども好きな人。自然にできるならそれでもいいと考えていましたし、いつでもできるだろうとも思っていました」ところが、3年ほど過ぎても子どもができる気配はいっこうにありません。当時、36歳になっていたジュンコさんも一度、体のことをきちんと調べたほうがいいのかなと思
い始めました。ちょうど自宅から歩いていける距離に不妊治療専門のクリニックもあったため、気軽な気持ちで検査へ。「その時点でもまだ、自分に治療が必要だとは思っていなかったのです」


確実な方法を選択したいから迷いなくステップアップへ


しかし、検査の結果はAMH0.5ng/mlと低い数値。ただ、卵管や卵巣には問題なく、精子の所見も正常範囲でした。「卵の数が少ないから治療が必要だとは言われましたが、特に心配はしていませんでした。じゃあ、治療すればすぐにできるのだろう」と。あくまでも楽観的な気持ちで、治療をスタートしたといいます。ところが、3回のタイミング療法の後、人工授精にステップアップするも思うような結果は出ませんでした。FSHとHMGの注射でスタートした人工授精は、刺激を強くしても採卵数に変わりはないだろうからと、すぐにクロミフェン採卵の低刺激へと移行。さらに、3回の人工授精の間に一度は妊娠反応がありましたが、2カ月目に心音が聞こえなくなり堕胎手術も受けます。「ショックでした。でも、着床はするんだ、着床障害はないんだと前向きに考えるようにしていました。それに、年齢のこともありましたし、子どもをつくるなら早いほうがいいと思って、とにかく確実な方法でいこうという気持ちが強かったですね。お金のことも、私も働いているし、何とかなるでしょうと思ってました」。ヒサノリさんも同じ気持ちだったといいます。そして、躊躇することなく
体外受精へのステップアップを選択。治療を始めて約1年目のことでした。


体外受精後も続く流産。前向きな心にも次第に影が


体外受精を始めて、それまでになく体のことを考えるようになったというジュンコさん。「不妊治療をしていることは、治療を始めてすぐに職場で公表していましたから、3カ月間夜勤をなくしてもらったり、夜更かしをしない、体を温めるなど生活のリズムを整えるようになりました。自分の体の何が原因で赤ちゃんができないのかがわからない分、思いつくことは何でもやってみようと思っていました」しかし、そんな気持ちを挫くように、体外受精後初の移植でも妊娠反応が出るものの、すぐに心音が止まってしまい、2回目の堕胎手術を受けることに。「堕胎手術のあとは、すぐに
涙が出てくるわけではなくて、しばらくたって家にいる時とかにふと泣けてくるんです」。そんな時は、気が済むまで泣いたり、ヒサノリさんと話をすることで、気持ちを切り替えていたというジュンコさん。それでもたまらない時は、ヒサノリさんに思いのたけをぶつけることもありました。「一度、主人に『お腹の中にいたはずの子どもがすぐにいなくなってしまう。妊娠とか堕胎という体の中の違和感があなたにわかるの?』って聞いたこともあるんです」そんな時、ヒサノリさんは「子どもができてもすぐ流れてしまうことは、もちろん僕も悲しいです。でも、一番つらいのはやっぱり彼女。自分が大騒ぎしたら、
余計に彼女の負担になる。だから、できるだけ普段通りにそばにいて、平常心で彼女の話を聞くことを心がけていました」と
いう。ジュンコさんも「今思えば、そんな彼の気持ちに支えられていたからこそ、落ち込むことはあっても前向きに治療を続けてこられました」といいます。思うように結果が出なくとも、自分の体に果敢に向き合い、治療に挑むジュンコさん。そ
して、その気持ちに寄り添って支えるヒサノリさん。しかし、当時、そんな二人には周囲の言葉も追い討ちになりつつありました。「親とか周りの人が心配してくれるのはありがたいのですが、その心配を言葉にされることもつらくなっていましたね。なぜできないのかとか、体外受精ではなく自然にはできないのかとか...。もうできた?ってお腹に触ってくる人もいて、単純に様子を聞きたかっただけなんでしょうけれど、自分の心配で精一杯で、周囲の心配まで抱え込めなかったですね」とジュンコさん。その後も採卵、移植を重ねるも結果が出ず、前向きだったジュンコさんの心にも次第に影が射すようになっていきます。


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出典:女性のための健康生活マガジン jineko vol.27 2015 Autumn
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