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野田聖子・小渕優子 スペシャル対談 3

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野田聖子・小渕優子 スペシャル対談 3

2010.10.6

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声をあげることが大事世論が国を動かす


前回の野田さんの記事を読んだ方々から、多くの反響をいただきました。その大多数が「できるだけ早く保険適用をしてほしい」という声。そして、「前向きな対策のために、一個人としてできることは何でしょうか?」という意見も目立ちました。


野田:こうした雑誌を通してでもいいので、みなさんが声をあげることは、とても大きな力になります。
余談ですが、こんな事例がありました。

性同一性障害の方々が、以前は泣き寝入りをしていたのですが、ある方が世論に「苦しい、助けて」と訴えたのです。その一件が、国民を後押しして、性同一性障害者の性別の取り扱いの特例に関する法案が、あっという間に通りました。ほとんど何の審議もなしに、です。

みなさんに言いたいのは、逆転は自分たちの力で勝ち取ることができるということ。具体的な行動としては、福島大臣にメールをするとか、マスコミを引き連れて申し入れをするとかでしょうか。


小渕:そうですね、建設的に話をしないといけないので、福島大臣がプロジェクトを立ち上げて、窓口を設け、話を聞ける態勢をとるべきだと思います。


野田:あとは、厚生労働省の長妻大臣や、厚生労働省の保険局医療課、少子化対策企画室があります。こちらへメールや電話で、みなさんの声を伝えることもできると思います。

ジネコとしても、読者からの声をまとめて、申し入れをしていきたいと思います。


野田:何か言われたら、「野田と小渕が、予算委員会で聞く」と言っていましたと伝えてもかまいません。

心強いお言葉をありがとうございます。野田さん、小渕さん、そして厚生労働省の担当者との対談企画なども実現できれば、ウェーブの一つになるのではないかと希望が見えてきました。では、最後になりますが、読者のみなさんへ応援メッセージをお願いします。


小渕:保険適用に関してなかなか進んでいないという現状のなか、精神的にも肉体的にも経済的にも苦しんでいる方が大勢いらっしゃるかと思います。保険適用が難しいのであれば、助成金を増やすなり、使える幅を広げるなりの方法があるはずです。
私たちは野党という立場ですが、当事者の声に寄り添いながら、少しでも実現できるようにしていきたいと思っています。


野田:みなさんはチャレンジャーです。失敗しても立ち上がり、痛い注射とまずい薬とコントロールされた生活をして……。それだけでも立派なのですから、まずは自分をほめてあげてください。私は、同じ苦しみを味わった仲間として、ささいな相談にものりたいですし、みなさんの声を福島大臣や長妻大臣にぶつけていく、良きパートナーでありたいと思っています。

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小渕優子
1973年生まれ。衆議院議員。96年成城大学経済学部経営学科卒業後、東京放送に入社。のち、父、小渕恵三氏の内閣総理大臣就任を機に退職し、総理大臣私設秘書となる。00年、父・恵三氏の急逝に伴い衆議院議員選挙に出馬し、初当選。以後4回連続当選。06年、文部科学大臣政務官、前麻生内閣で、内閣府特命担当大臣(少子化対策・男女共同参画)を務める。現在2児の母親でもあり、安心して子育て、教育ができる社会を目指している。

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野田聖子
1960年生まれ。衆議院議員。オリンピック開催年にちなみ、「聖子」と名付けられる。乙女座・A型。83年、上智大学外国語学部比較文化学科を卒業後、帝国ホテルに入社。84年、祖母・野田光の死去に伴い、野田卯一の養女となり野田姓を継ぐ。86年、岐阜に移住、87年岐阜県議会選挙当選。93年、32歳で衆議院議員選挙初当選。以後、当選6回。98年、郵政大臣就任。前麻生内閣で内閣府特命担当大臣(科学技術政策・食品安全)、消費者行政推進担当大臣、宇宙開発担当大臣を務める。現在は野党の立場として、党派を越えた活動を続けている。>

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