鍼灸が不妊治療にもたらす可能性とは 注目の統合医療、最前線の現場から
コラム 不妊治療
近年、不妊治療の分野では自然治癒力を引き出す統合医療に注目が集まっています。
そこで、不妊治療×生殖鍼灸がもたらす可能性について、
HORACグランフロント大阪クリニックの森本先生と
JISRAMの中村先生にお話しいただきました。
生殖鍼灸とはどのようなものでしょうか。
鍼灸は本治法と標治法に大きく分かれます。本治法は自然治癒力を引き出して病気の初期状態を治したり、健康を増進します。また、標治法は局所的な効果を狙った治療法です。
これまで鍼灸の効果を示すデータがなかったのですが、近年、動物実験と人体の臨床データに相関性があることがわかり、鍼灸の有効性に確信がもてるようになりました。
たとえば、動物実験で実証された方法(婦人科の特定の経穴に特定の刺激を加える)を臨床的に検証したところ、受精卵の胚盤胞到達率が鍼灸の開始後に年齢によって1.5〜4倍になりました。これは卵巣の血流量が増加し、卵子の栄養状態が改善したものと考えられます。
私たち医師は生殖生物学を基礎として卵子や精子の細胞を診ています。ところが、人間は60兆個の細胞が動くダイナミックな生命体であり、心もあります。木を見て、森を見ていなかったのですね。
局所的な治療に限界を感じた私は、30年前から心のケアを含めた統合医療をはじめました。その一つにミトコンドリアの臨床研究があります。私たちの体は、細胞内のミトコンドリアが深くかかわっています。そのため、統合医療で自然治癒力を引き出しながら不妊治療を行うと、困難な不妊症の方にも良い結果が出るようになりました。
鍼灸で卵子の分割が活性化するというのも、ミトコンドリアが影響しているのでしょうか? また、森本先生が以前から取り入れているレーザーや鍼灸の効果もお聞かせください。
まずミトコンドリアの活性化には3つのポイントがあります。1つはL-カルニチンなどのサプリメントの摂取。2つめは私が考案したミトコンウォークなどを取り入れた運動。3つめは鍼灸です。卵子の質が悪い方でも、この3つを実践するだけで自然妊娠することがあります。なかでも生殖鍼灸はパワフルなツールとして期待できます。
また、レーザーや鍼灸は局所に作用することもありますが、大きいのはリラックス効果でしょうね。患者様は「気持ちが前向きになる」というようなことをよく言われます。ミトコンドリアは活性酸素に弱いので、リラックスすることによって活性酸素の発生が抑えられているのではないでしょうか。
鍼灸の本治法には、体をリラックスさせて自然治癒力を引き出す効果がありますが、それに代えて星状神経節に低出力レーザーを照射すると、交感神経を即座に抑制して体をリラックスした状態に導きます。その結果、特に毛細血管も拡張しやすくなり、卵巣や子宮に対する鍼灸の効果が現れやすくなります。
それぞれの治療の実績をお聞かせください。
たとえば、40歳代でなかなか良い卵子が採れなかった方でも、鍼灸をはじめて5〜6カ月後に胚盤胞の到達率が飛躍的に上昇した方もいます。なかでも印象的な方が2人おられました。
1人目は鍼灸の開始前に16回採卵し、胚盤胞が0個でしたが、鍼灸を開始して半年で2個の胚盤胞が取れ、2つ共が赤ちゃんになりました。また2人目は鍼灸開始前に23回採卵、3個の胚盤胞がありましたが上手くいかず、鍼灸開始後の10回の採卵で7個の胚盤胞を得て、2回目の移植で無事にご懐妊、安定期を迎えられました。
当院は年齢の高い方が多いのですが、鍼灸を含む統合医療を受けられて、50代で妊娠・出産された方がいます。また、卵子の質が極端に悪かった方は、統合医療に熱心でミトコンドリア移植も行いましたが、あまり効果が出ませんでした。ところがその後、自然妊娠されたのです。重症の方でも驚くようなことが起こりますので、自然治癒力は最先端のテクノロジーよりも強いなあと感じます。
同じような例では、海外での卵子提供を予定していた46歳の方が、渡航前に鍼灸治療を受けられて3カ月後に自然妊娠、無事にご出産されました。鍼灸の効果という確証はありませんが、このような事例は多くありますね。
生殖鍼灸が普及していくうえで課題はありますか?
医師には内科医、外科医など専門性がありますが、鍼灸師にはそれがありません。全体を診るという観点からすれば、専門性をもつことは東洋医学の良さを失うことにつながるのですが、とはいえ患者様が鍼灸院を選ぶ時の目安になる、ある程度の専門的な知識や技術に対する認定制度が必要だと思います。ですが実現には課題もあります。
そこで、私たちはJISRAM(日本生殖鍼灸標準化機関)という団体を立ち上げました。婦人科の座学や実技研修など厳しいカリキュラムにもとづいて、人間的にもすぐれた生殖鍼灸の専門家を育成し、患者様が安心して利用できる組織にしたいと思っています。
これから医師のなかでも鍼灸に対する理解が深まってくると思います。生殖鍼灸が不妊治療に有効であるという認識を患者様に広めていくのは私たちの役目ですが、JISRAMには患者様がどこで生殖鍼灸を受けられるのか、その情報提供をお願いしたいと思います。
私たちが安心して生殖鍼灸の先生を患者様に紹介できるようになり、さらに医師と鍼灸の先生がお互いに情報交換できるようになれば、日本は世界でもめずらしいネットワークをもった統合医療のフロンティアとして、さらに患者様のメリットになる活動ができるのではないでしょうか。
最後にメッセージをお願いします。
JISRAMには、生殖鍼灸を集中的に学習している全国約50名の鍼灸師が所属しています。婦人科の知識は座学で身につけられますが、更に重要なのは、卵巣、子宮、免疫などに確かな効果を得られる技術の習得です。是非JISRAMのサイトをご覧下さい。また当団体会員に限らず、広範な知識と正しい技術を併せ持ち、真摯な人間性を兼ね備えた鍼灸師のもとで治療を受けていただきたいと思います。
特に年齢が高い方は時間が限られていますので、効率の良い治療を提供していきたいと思います。生殖技術は日々進化していますが、それだけで今の妊娠率を超えることは難しくなっています。しかし、統合医療による体質改善、自然治癒力の獲得に目を向けたとたんに道が開けることがあります。
質のいい医療と、質のいい鍼灸、さらに心のケア、運動、栄養を組み合わせた体質改善によって、妊娠される方もたくさんいらっしゃいます。これからもJISRAMの先生方と力を合わせ、悩まれている方を一人でも多くサポートしたいと思います。
先生から
自然治癒力を引き出しながら
不妊原因にアプローチする生殖鍼灸に期待
出典:女性のための健康生活マガジン jineko vol.37 2018 Spring
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