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43歳の婚約中に治療スタート。 信頼できる先生との出会いや、治療できることに感謝し、 夫婦の協力と熱意で願いをかなえました。

コラム 不妊治療

43歳の婚約中に治療スタート。 信頼できる先生との出会いや、治療できることに感謝し、 夫婦の協力と熱意で願いをかなえました。

これまで客室乗務員として仕事もプライベートも謳歌し、気がつくと40代に。年齢の壁という現実と向き合い、婚約中から夫婦で治療に取り組んだKさんのお話です。

2018.11.2

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これまで客室乗務員として仕事もプライベートも謳歌し、気がつくと40代に。年齢の壁という現実と向き合い、婚約中から夫婦で治療に取り組んだKさんのお話です。


年齢の壁という現実を知り、これまでの人生に後悔も


43歳の時に友人の紹介で医療にたずさわる一つ上の主人と出会い、お互いの人柄に惹かれて交際3カ月で婚約しました。出会った当初、不妊の知識がなかった私は「まだまだ産める」とのんびり構えていましたが、彼と「子どもがほしい」という思いが一致し、すぐに近くのクリニックで一般検査を受けることに。結果に問題はなかったものの、結婚前に治療できる施設が限られているとのこと。いくつか問い合わせた施設の中で、温かく受け入れてくださったのが、大阪NewARTクリニックの富山先生でした。
とくに不妊要因もないので、そこでも軽く考えていましたが、「43歳という年齢を考慮し、すぐに治療を始めたほうがいいでしょう」という先生の言葉で現実を知りました。これまで客室乗務員という天職と思える職業に出会い、公私ともに海外を飛び回って気がつけば40代に…。結婚も出産も後回しにして、人生を謳歌してきた自分を強く責めそうになりましたが、先生に「あなたは今までの人生も懸命に生きてきたのでしょう。一緒に頑張りましょう」と励まされ、治療に前向きに取り組もうと決めました。


限られた時間のなかで、治療ができることに感謝


治療1年目(43~44歳)は、1回の採卵ごとに新鮮胚と凍結胚の移植を行い、それを3周期繰り返しました。しかし、結果はすべて陰性。この治療法では年間に採卵できる数が限られるとのことで、治療2年目(45歳)は、毎周期の採卵で受精卵を貯蔵する方法に切り替えました。そして、45歳半ばを迎えた頃、受精卵の数や質がある程度整ったとの判断から、移植を再開。2回目に大阪NewARTクリニック独自の新しい方法で、妊娠判定が。ただ、高齢のため流産率は50%とのこと。不育症予防の自己注射とさまざまな検査を行う不安な日々がしばらく続き、妊娠の喜びを感じられるまでに時間がかかりました。
私たちは幸運なことに信頼できる先生に出会い、すべてお任せしましたが、ここに至るまで辛い結果に涙することもありました。不妊治療は経験者にしかわからない痛みや精神的苦痛も伴いますが、私たちに残された時間は短く、「いつか必ず終わりを迎える治療。今日通院し、治療できることに感謝すること」を忘れないように心がけました。


「納得するまで諦めない」。大切なのは夫婦の協力と熱意


子どもが好きな主人が私と結婚するのは大きな決断だったと思います。これまで歩んできた人生は取り戻せないので“明日より若い自分”を大切にし、治療に協力してくれた主人との「子どもを持ちたい」という一心で食事や運動にも気をつけました。もちろんリフレッシュも大切だと思い、治療の合間に国内外の旅行も楽しむことも。一方で、治療で結果が出なかった時のライフプランもしっかり話し合いました。
治療を続ける上で夫婦の協力は欠かせません。クリニックでは1人の患者さんに与えられた時間は限られており、毎回いくつもの質問を書き込んだノートを持参。先生が余すことなく回答してくれた内容を主人に共有するようにしました。大切なのは、先生の熱意とイコールそれ以上に患者側も治療に対する熱意を持ち、納得するまで諦めないことだと思います。
7カ月の安定期に入って赤ちゃんの胎動を感じるたび、「私たちを選んでくれてありがとう」と、ようやく愛しさと幸福を感じられるようになりました。 生まれてきたら伸び伸びと育てたい。そして、できることなら残された受精卵で家族を増やしたい。これからの夢は広がっています。





From Doctor 治療を振り返って



今振り返って思うのは、治療に熱心に取り組まれて、あきらめない姿勢が印象的でした。まだ結婚をされていない状態でしたが、年齢を考えて治療を決断されたと思います。縁があり、結婚されたときは43歳でした。それから治療を開始されましたが、御夫婦で説明会に出席され、体外受精を始める事に決められました。我々のクリニック・特に私自身を全面的に信頼していただき、私が薦める治療を納得し、ついてきていただいた事に感謝しています。毎回メモに質問事項をまとめておられ、御夫婦でよく相談をされている姿も想像できました。また、同じ医療者である御主人に信頼していただいた事が大きなポイントだと考えています。
私は医師として30年間、不妊治療に携わり続け、私自身のクリニックを開設して21年の年月が経ちました。その間に、様々な患者さんと接し、またありとあらゆる精子や卵子を観察することにより、生殖専門医としての多くの経験があります。その経験により、今回のケースは妊娠をすると判断をしていました。治療中はうまくいかない事もあり、心が折れそうになることもあると思います。ただ、私の判断を伝えることにより、御夫婦が熱心に・あきらめないで治療に取り組んでいただいた事で、結果として妊娠することが出来、非常にうれしく思っています。人は人生の節目・節目で、どのように判断をし、誰と巡り合うかなど、その後の人生に大きく影響を与える事があります。44歳という女性として人生の成熟期において、子供を出産し育てていくという、その後の人生に大きく影響を与える経験をされていく事でしょう。無事出産をされ、子供と出会う事により、子供から非常に多くの様々な事を教えてもらう事になると思います。その事を実感されるたび、治療をしていた時の御夫婦の努力と熱意・その判断は間違っていなかったと確信される事だと考えています。


 






お話を伺った先生のご紹介

富山 達大 先生(大阪NewARTクリニック 院長 医学博士)


1989年 慶應義塾大学医学部卒業 産婦人科入局 

1992年 大阪大学医学部産婦人科入局 

1994年 大阪大学医学部で初の顕微授精(ICSI)に成功する 

1996年 大阪大学にて学位取得 

2004年 大阪大学医学部保健学科 招聘准教授に就任 

2007年 日本生殖医学会 生殖医療指導医となる 

現在 大阪を拠点に世界各国の研究活動に参加し、グローバルに活躍中



資格・免許等

医学博士

大阪大学医学部保健学科 招聘准教授

日本産科婦人科学会 産婦人科専門医

日本生殖医学会 生殖医療指導医・専門医



30年以上もの間、私自身が生殖医療の進歩とともに歩んできました。 

今では私はどのようにすれば妊娠するのか、その方法がわかります。またなぜ妊娠しないのか、その理由も知っています。人もそれぞれ・病気もそれぞれゆえ、不妊症治療とはマニュアルではすべてに対応する事は不可能だと考えます。だからこそ心から妊娠させたいという思いが大切です。


≫ 大阪NewARTクリニック

 



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